六坪弱、カウンター十席の小さな中華料理店は、夜ごと、客たちの楽しげなざわめきで溢れている。
魅力は、陽気な女主人と弟さんが作り出す、中国家庭料理にある。特に弟さんが、ガスコンロ一台、中華鍋一つで次々と作り出す料理は、酒やご飯にピタリと寄り添う、力強い惣菜だ。
三十種ほど用意される料理は、高級素材に頼る事なく、トマトと玉子、白菜と腸詰め、いかげそとニラ、豚レバーとにんにく、ベーコンとアスパラガスなど、身近な素材だけを、巧みに組み合わせて作られる。調理も、冷たい皿はあえものだけ、温かい皿は炒めものだけと限られているが、変化に富み、高級宴席料理とは違う、毎日食べても飽きない、暖かさと強さに満ちている。
そんな数々の料理の中で、長年常連たちから、人気の定番料理として親しまれてきたのが、「ジャガイモとセロリの細切り炒め」だ。
注文が入ると、おもむろに野菜を取り出し、ジャガイモを幅五ミリ、厚さ三ミリ、長さ六センチほどに切って水にさらし、セロリも同寸に切り揃える。
熱した鍋に、生姜、ネギの微塵を投入し、ジャガイモを炒め、老酒を入れ、セロリを数十秒炒め、最後に醤油を回し入れて完成となる。その間約一分強。ジャッジャッと音がしたかと思うとすぐ、醤油と老酒が入り交じったいい匂いと湯気をを立ち登らせて、目の前に現れるというわけだ。
食べて驚くのはジャガイモの歯応えである。ジャガイモの食感の喜びは、普通「ホクッ」としたところにあるが、半生に炒められたこの料理では、「ボクッ」もしくは「ボキッ」と、口の中で響く。 最初は戸惑うが、噛んだあとにジャガイモの素朴な甘さが滲み出て、心が和み、そこにすかさず、セロリが「シャキシャキッ」と軽快な音を立て、思わずにこりとさせる。
土の匂いがする、純朴なジャガイモと、みずみずしく、香気が高いセロリとの出会いの良さ。二者を取り持つ歯応えの楽しさ。ジャガイモ五、セロリ一といったバランスも絶妙だ。
この皿をつまみに老酒をあおれば、クイクイと酒が進むが、ご飯のおかずとすれば、今度はご飯が止まらなくなる。なりふり構わず最後に炒め汁とともにご飯にかけて、かきこむのもたまらない。
ホロリと酔うか、パンパンに腹を満たすか。いずれにしても楽しい夜が待つ。
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